手を伸ばしても触れられない

だって、アイドルだから

アイドルの気持ちを理解した気になる症候群

「昔は〇〇って言ってたのに今は××だなんておかしい」って言葉は時には深く傷つけることもある。

一般人でさえそう言われて傷つくこともあるのに芸能人はテレビや雑誌で言葉が記録されているからそれ以上に言われるのだろう。

でも、人間って変わっていくものだからその時はそう言っても日々生活をしていくうちにいろんな出会いや出来事がある中で考えや価値観が変わっていくことも往々としてある。だから、あの時ああ言ったのに嘘ついたの?って責め方は間違っているのだと思う。自分を振り返ってみてそれが出来ているのかどうかは分からないけれど、出来るだけそういう言葉は使わないように気をつけていきたい。

 

私は芸能人やアイドルの裏側なんて知らなくていいし知りたくもない。テレビやステージに立っているアイドルこそが私の好きなアイドルで色々大変なこともあるのだろうけどそれを知ったところで何も出来ない。所詮、自分はファンだから。

もちろん、ドキュメンタリーでアイドル密着取材というものもあるけれどあれでさえ真実というわけではない。ドキュメンタリーは完全な真実ではなく、人の手が加わった誰かしらの何かしらの思惑があるから演出のために嘘はつかないけれどサービス精神で喜ぶことをすることもあるかもしれない。それはやらせなのか?真実でもないが嘘でもない。白か黒かそう簡単に分けられずグレーがあってもいいと思う。

私はあるドキュメンタリー番組に関わることがあって、その時事実でさえも演出され編集されることがあるのだと知った。それがいいことか悪いことかはともかくそうしなければ番組にならないのだと思った。

また、『FAKE』*1を観たこともあり、自分が知っているものが真実かどうかなんて分からないし人によって真実なんてものは違うし正義の反対はまた別の正義だ。

 

ファンがアイドルの気持ちを完全に理解することは出来ないし、理解した気になる事はおこがましい。真実は当事者しか分からない。

アイドルを理解した気になって起こしている行動がアイドルを苦しめることにもなるかもしれない。ファン心理とこのアイドルを理解した気になるというものは密接しているが故に難しい。それでも、自分の気持ちとアイドルを理解した気持ちはイコールで結んではならない。

 

〝ファン〟は〝アイドル自身〟じゃないし、〝アイドル〟も〝ファン〟ではない。

 

 

*1:佐村河内守のドキュメンタリー映画

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